カルチャーな生活

日記

6月に入ってしまった。そろそろ転職活動、稼ぎ方の模索をした方が良さそうだ。できれば一年間くらい今の生活がいい。適当に文章を書いて、映画を観て美術館に行って、の繰り返す。いや、一年と言わずずっとこの生活がいい。どうにかならんだろうか。

お昼まで寝た。最近睡眠のリズムが悪い。起きて西洋美術史を少しだけ勉強した。雑記を2つほど書いた。合計3000文字くらいで、大したことも書いていないのに、気付いたら夕方だった。お昼ご飯を食べながら『水曜日のダウンタウン』を観た。メモを取りながら観たのだが、雑学知識が増えた。テレビはネタを与えてくれるしれない。観よう。

知識で言うと、最近少し知的好奇心らしきものが増えてきている気がする。「らしきもの」の書いたのは、意識が高い感じの高尚な気持ちではなく、色んなことについて知りたいと思う気持ちが緩く存在しているからである。「エクレアってどういう意味なんだろう」くらいの感じ(「雷」が由来らしい)。

毎日Twitterを過剰に見る癖がある。世の中には面白い人、頭の良い人、仕事ができる人、創造力豊かな人がごまんといる、と知れる。僕はどういうカテゴリーでどういうセリフイメージをブランディングしていきたいか不明だが、「なんか分からないけど、一癖ある文化人だな」くらいにはなりたいと思っている。そのイメージで稼げると最高だ。

少し話は逸れるが、Twitterに聡明な人、頭が良い人が沢山いる気がする。頭が良いというのは色んな意味がありそうだが、人に価値を与えるには「編集力」みたいなものが大事なのだろうな。知識が豊富、思考力が高い、だけではなくていい感じにアイディアを組み合わせて人々に提供する、実行する、という力が。

行動できるか、アイディアを外に出せるか、粗くてもアウトプットできるか、アウトプットしながら改善を回転し続けられるか、が大事なのだろう。頭が良くても、一人で黙々と考えて世の中に何も提供しなかったら価値にならない。もちろん「一人で黙々と考えることが楽しい」と趣味にするだけなら問題ない。でも稼ぎたいのなら、それこそTwitterに書く、などの出力が必須なのだろう。

TikTokやYouTubeもダラダラ見てしまう(「もっと仕事、夢のために動けよ」という話はご尤もで)。『McGuffin』というYouTubeチャンネル、メディアはご存知だろうか。音楽、ヒップホップ文化、ファッションなどのユースカルチャーのコンテンツを作っている。僕は、クリエイターのオシャレな部屋のルームツアーの動画で知った。毎回「かっこいい…」と心が跳ねるのだが、何を思わされるかというと、「文化的な”好き”の要素で生活を囲む、いや生活そのものにしてしまう」という生き方が輝いて見える。古着なりイラストレーションなりレトロゲームなりヒップホップレコードなり現代アートなり、機能的・実利的損得を超えた創造物、余白、遊び。それらを追求し心も精神もカルチャーで満たしてしまう生き方が、眩しいのだ。

と、こんな風に、SNSは時間が無駄になってしまいそうだが、実は心動かされるコンテンツが詰まっていて、視点次第では気付き・学びに変えられる(大量に小さいボリュームの情報が氾濫しているから、メモを取らないと全て意味がなくなるのだが)。何も考えずにボーッと何時間も喰われると後悔してしまうが、向き合い方次第では頭と心を豊かにしてくれるのだろう。

2023/06/01